イギリス留学 英会話できる?
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イギリス留学 英会話できる?
52歳で単身イギリスへ留学しました。
あなたも一度は留学したいと思ったことはありませんか。
でも英語が話せないし。。。
学校で6年間、英会話学校で数年勉強したのに
わたしも普通の日本人と同じように中学1年から英語を習い始め、高校までの6年間、あれだけ英語の勉強したのにまったく話すことはできませんでした。
そして、語学学校と呼ばれるところへ、週に1度通い始めました。しかし、英語ネイティブの先生と1週間に一度グループレッスンをうけましたが、結局自信をもって話せるようにはなりませんでした。
その後、結婚し、子供を3人産み育て、そして50歳を迎え離婚をしました。
ひょんなことからイギリスの学校へ留学することになり(その間の説明は省きます)、さて、英語が話せないけど、ま、なんとかなるわ!と度胸一つで単身50歳のおばさんがイギリスに乗り込みました。
しかし、世の中そんなにあまいものではありません。
はじめに言いましたように、いろいろな英会話学校にいったのですが、週に一度、1時間ぐらいの授業を何ヶ月つづけても、決して英会話ができるようにはなりません。
これはわたしの感想です。(みんながみんなそうではないでしょう。できるようになる人もいるかもしれません)
しかし、わたしはできませんでした。😭
英語力をきたえるためには、やはり集中した時間、濃厚な時間を持つことが大事だと思います。
わたしは50歳をこえてからイギリスへ行きましたが、本当に現地の人が何を言っているのか聞き取ることはできませんでした。
聞き取れない、英語
ヒースロー空港からバスに乗らなければならなかったのですが、そのバス乗り場への行き方をきいても返事を聞き取ることができませんでした。それで紙に地図をかいてもらい、やっとバス乗り場までたどり着くことができたのです。
その後の1年間の留学生活は推して知るべしです。
やはり、外国へ行く前にそれ相応の英語力を身につけておくと、向こうでの生活の楽しさが倍増することでしょう。
また、留学でなくても、外国を旅行するだけでも同じです。世界各国だいたい英語が話せれば楽しい旅行をすることができます。アジアでも現地語ができなくても英語さえ話せればOKなのです。
ノ○、リ○○、E◯◯など多くの英会話学校でも英語ネイティブの先生が丁寧に英語を教えてくれますが、
やはり時間と、集中が足りないと!
英会話力ってやっぱ大事ですよね。
イギリス 1日目
ヒースロー空港からバスでロンドンのヴィクトリア駅へ行きました。鉄道のヴィクトリア駅からわたしが留学する学校のバスが出るからです。1日余裕があったので、ヴィクトリア駅の近くで一泊のB&Bを予約しておいて、バッキンガム宮殿の見学に行くことにしました。
女王は城にいなかったので、女王がいることを示す旗は出ていませんでした。しかしお城の中の見学コースというものがあり、それの予約をして中に入ることができました。
見学が終わって、出口で女王の写真のついたマグカップとスプーンセットを自分のお土産に買ってしまいました。イギリスにこれから1年近くいると言うのに、着た初日にもうお土産を買ってしまうなんて、やはりおばちゃんだな、と思います。
イギリス特有のB&Bに一泊しました。朝ごはんはコンチネンタルの朝食で豪華というか、初めてコンチネンタルブレックファストをいただいた私にはものすごく豪華なものに思えました。お腹一杯になってからヴィクトリア駅にいきそこで、学校いきのバスに乗りました。大型バスが2台で、ものすごくたくさんの若い子たちがひしめき合っていました。わたしが留学する学校に行くバスであることを確認して、中に乗り込みました。友達数人で一緒に来ている子もいて、楽しそうにはなしている若者を見て、話をする相手がないさびしさを少し味わいました。
バスに乗り込んだら、一人の女の子が座っていたので、そこに座ってもいいかと聞いてから隣に座りました。彼女はドイツから一人で来た子みたいで、英語があまり得意じゃないから、と言っていました。しかし、わたしの英語に比べたらずっとましなのに。
高速道路を7時間走り、ランカスター州の一面緑の草原の中にそびえる古いお城に到着した時は、もう夜で、お城の全体はよくわかりませんでしたが、石造りのお城だということはわかりました。
それから軽い夕食を食べて、いろいろな注意事項を聞いてから、寝る部屋に案内されて、学校の寮での初めての夜を過ごしました。そこまでの間、先生の説明や、みんなの英語がわかったのかと言われると、まったく彼らが何を言っているのかチンプンカンプンだったのです。
Capernwray Bible School
この学校はランカスター州というところにあり、東にはヨークシャー州、西には湖水地方があるという場所に位置していました。北に2時間ほど行けば、そこはもうスコットランドです。
この近くの景色は一面が草で覆われたなだらかな丘で、ところどころ石垣があり、その緑の中で、羊や牛が草を食んでいる物でした。バスでここに来るまで、そのような風景が延々と数時間も続いていました。
この学校の敷地は真ん中を貫いている小道を端から端まで歩くだけで30分ぐらいかかる広さで、全体を見渡しても、端まで見通すことができないほど、広大な敷地でした。その中に、昔たてられた石造りのお城があり、その中に180人の生徒が食事をする食堂が3つと、100人ほどが寝泊まりする部屋になっていました。
別棟に学校の授業を受ける大きな講堂があり、そこで180人の生徒が一堂に会して授業を受けました。その講堂の階下にまた寝泊まりする部屋がたくさんあり、お城の中、そして講堂の階下の部屋に 合わせて180人の生徒たちが暮らすことになりました。
わたしは一番年上だったので、お城の中の一番暖かく、美しい二人べやに入れてもらいました。180人のうちほとんどの子は18歳で、高校を卒業したばかりの子たちです。その子たちは一番大きい7、8人べやに入れられました。食事をする食堂が3つお城の中にあり、講堂の階下に住む子たちは、その度にお城に来なければなりません。しかし、毎日の授業は講堂であるので、お城に住んでいる子たちは、授業のたびに講堂に行かねばなりませんから、条件は同じか!
1日のスケジュール
朝ごはん 7時45分
9時から1時まで午前の授業4科目
その間10時45分から15分間teatime
午後1時からlunch time1時間
2時から自由時間
5時45分 high tea (普通に言うところの晩御飯)
7時から9時まで夜の授業
9時からsupper(普通にいうところの寝る前のおやつタイム)
朝ごはんはコーンフレーク(笑い)
朝ごはんは1週間毎日違うものを用意してくれました。コーンフレークス、ウイータビックス、ミューズリー、麦チョコ、など、まず、この系統のものをミルクと一緒に少し食べた後、薄い食パンのトースト。アメリカ人は甘いピーナッツバターといちごジャムを二層にして食べていましたが、イギリス人は瓶に入った野菜の黒いペーストのようなものをトーストにつけて食べていました。見た目は「ごはんですよ」のような感じで、甘くないので、アメリカ人はまずくて食べられないと言っていましたが、日本人にとっては、甘すぎるピーナッツバターよりは食事らしくて結構食べられました。
わたしはここで食べたウイータビックスとミューズリーが忘れられなくて、日本に帰ってからも、数年ミューズリーを朝食に食べ続けました。
飲み物は紅茶がポットに入れてあり、コーヒーが飲みたい人はネスカフェの粉が用意されていました。
わたしはせっかくイギリスに来たのだからと、毎朝の飲み物は紅茶に決めていました。
朝ごはんは7時45分からですので、それまでに決められた食堂に行かなければなりません。お城の建物には1階に食堂が3つあり、生徒180人と先生数人が一緒に食事をしました。若い子は寝坊して朝ごはんを食べたくない子もいたのですが、1日の勉強のために朝食をたべることは大事であるとして、朝食を抜くことは禁じられていました。
各食堂での食事のサーブ係、食後のお皿洗い係などは掃除係などと同じようにdutyとして学生たちに割り当てられていました。食事を作ってくれる料理スタッフの人はいるのですが、料理を各テーブルにサーブしたり、おかわりをしたりするのは当番の学生の仕事でした。みんなが席に着くと、お祈りをして食事をはじめ、みんなが食事を終わると、今日のアナウンスをしてから席をたってもよい、と宣言をその担当の子がします。そのアナウンスがでるまで、だれも席を立ったり、帰ったりしません。西洋風の食事マナーがみんなに行き届いていて、とても気持ちがよかったです。
日本では学校の給食でも、食べ終わった子は席を立っても良いマナーのようで、普通の家庭の食卓でも、子供などは食事が終わったら勝手に席を立ったりしています。みんなで一斉に食べ始め、みんなで一斉に食べ終わったと言う合図で席をたってもよい、というこの西洋風のマナーがわたしは大好きでした。
日本でも「いただきます」でみんな一斉に食べ始めますが、「ごちそうさまでした」をいうまで、席から立っては行けない、と言うルールはなかったような気がします。
日頃お行儀が悪そうな子でも、この食事時のテーブルマナーは家庭でしっかり躾けられているということがよくわかりました。
You are dismissed! とか You are excused!とその日の担当の人が言うと、みんな一斉に食堂から出て行きます。
その後食事片付けのdutyの人が食器を洗い、ふき、そして次の食事(朝ごはん後なら昼食)の用意のテーブルセッティングまでをします。そして9時にはじまる授業までに講堂に行きます。
10時45分朝のおやつタイム
9時から1時限目、2時限目の授業をしたあと、10時45分から15分、tea timeがあり、お城のラウンジで紅茶かコーヒーと軽い食べ物をいただきます。若い子はお腹が空くのかかぶりついていましたが、私などは体重が気になるので、おやつは食べないようにしていました。
そして3時限目、4時限目の授業が終わるのが1時で、その後、すぐ昼食です。
昼食はランチディナー
こちらではランチが正式なディナーとなっていて、テーブルセッティングも完璧なものでした。
ディナー形式なので、メインディッシュが毎日日替わりで出て来ました。ターキーにはこのソース、チキンにはこれ、ポークにはこのソースと、メインの肉に合わせてソースが決められていて、ソースを見るだけで、今日のメインディッシュが何かわかるようになりました。そしてメインディッシュ、パン、野菜サラダ、などの食事が終わると、必ずデザートが出ます。カスタードクリーム添えのケーキが多く、こちらのカスタードクリームは本当に美味しかったです。おかげで数ヶ月たつと、みんな太って来て、大きく膨らんだお腹をさすりながら、カスタードベイビーと言って笑っていました。
日本に帰ってから別の学校に留学して寮に入っていた人と話をしたのですが、その人の学校は食事が粗末で「イギリスは食事がまずい、みんな痩せていった」と言っていました。学校によって本当に違うものです。Capernwray は本当に食事がよかったのでわたしはイギリス料理って本当に美味しいものだと思っていましたから、彼らがそう言うのを聞いてびっくりしたものです。
特にフィシュ&チップスがlunchに出ることがありましたが、その時はみんなから歓声が上がっていました。
日本に帰り、アイルランド料理のパブでフィッシュ&チップスを頼んで食べたことがありますが、全くイギリスで食べたものとは異なるものでした。ここの料理人はイギリスでフィッシュ&チップスを食べたことがないんだろうと思うくらい、全く違うもので、ころものカリッと感がなく、ベチャとしていて、まずかったです。
学校で食べたフィッシュ&チップスは魚の周りの衣がカリッとして歯ごたえがよく、それに目一杯のビネガーをかけて食べるのが最高でした。フィッシュ&チップスのtake outのお店もたくさんあり、そこで食べたものも学校で食べたものと同じカリッとした食感でした。油を通さない紙に持たせてくれるフィッシュ&チップスに、そこでもビネガーをいっぱいふりかけて、そしてみんなと歩きながら熱々、カリカリのフィッシュ&チップスにかぶりつくのは最高でした。またイギリスに行ったら、フィッシュ&チップスが食べたい。
昼食が終わると自由時間で、部屋で眠るもよし、食後の散歩もよし、とみんな好きなことをして良い時間でした。わたしはもっぱら昼寝をしていました。そして起きたら、宿題や復習のために図書室に行って自習をしていました。
私の部屋には机もあったのですが、図書室に行くと、みんなに会って話をする機会が増えると思い、そしてわからないことがあると聞けるので、なるべく図書室に行って勉強するようにしていました。そうすると、私があまり英語ができないことを知っている若い子たちが
How is it going? などと声をかけてくれます。これはききとるのに時間がかかりました。何を言っているのかと聞いて初めてわかりました。彼らは「ハウゼ ゴウイン?」と言います。
実際に体験しないとわからない発音です。
High Tea! って何?
自由時間が終わって夕方5時45分になるとHigh Teaと呼ばれる食事があります。Tea というのだから、簡単な軽食がおやつとお茶かなと思っていたら、結構普通の夕食です。
この後、7時から9時まで夜の授業があって、夜の授業が終わった後、supper と呼ばれるものがありました。日本でならったsupperは夕食だから、9時過ぎに晩御飯がまた出るのか、と思っていたら、こちらは寝る前のチョコレートドリンクでした。イギリス人は寝る前にチョコレートを飲むのです。これは甘かったので、わたしは紅茶をいただいていました。しかし夕食が出るわけではなく、ラウンジで飲み物を飲むだけです。supperとTeaの概念がひっくり返る生活習慣でした。スタッフの方にどうしてそう呼ぶのかと聞いてみたのですが、はっきりとした返事はなく、ただそう呼ぶのよ、と笑っていました。
とにかく、そういうことでHigh Teaは食堂にいつものように座って夕食をいただきます。そういえば、lunchもHigh Teaも紅茶はでませんでした。飲み物は水だけです。ナイフとフォークでいただく夕食が多かったですが、ときどき今日はバーベキューです、と宣言されることがあります。
このバーベキューというのは、中庭でハンバーガーを作り、それを皆が中庭でいただくと言うものです。中庭でシェフが鉄板でひき肉のパテをみんなの前で焼き、目の前でハンバーガーを作ってもらって、それを三々五々中庭のテーブルで食べるものです。ピクニック感覚で、みんなこのバーベキューが大好きでした。

